2011.03.10 Thursday
ラオス竹紙の旅記録19 ヨワートさんと紙を漉く
さて、この日、私にはもうひとつ大事な仕事が待っていた。
最初の日に村で出会った竹紙漉きをしていた女性、ヨワートさんと一緒に、この日紙漉をする約束をしていたのだ。儀式の余韻も覚めやらぬまま、家で待っていてくれたヨワートさんを誘って、一緒に紙漉場の川原に出かける。
最初の日にヨワートさんたちが作っているのをひととおり見ていたし、私も同じ材料を使って紙を漉いているのだから、おおむねやり方はわかる。
でも、見るのとやるのは違います。
やっぱり自分でやってみることはとても大事なことです。楽しい事です!
紙漉場は川の向こう側なので、裸足になって川を渡る。
ヨワートさんは材料を川原に用意してくれていた。
「はい、じゃあまず竹をつぶしてね」
「は〜い、師匠。わかりましたあ」
木をくりぬいた臼と杵を使って若竹をつぶしていく。
私はふだん砧や木槌を使うが、ラオスの杵は長い棒で、真ん中の握りのところが少しくびれている。使い込んであるので木の握り部分が滑らかになっており、とても使いやすい。
臼と杵はよく民話で見るウサギの餅つきのそれと似ている。
石灰とともに1〜2か月水につけてあった若竹は、すでにだいぶ柔らかくなっていて、簡単につぶれていく。それでも「はいはい、もっと力を入れて〜」とヨワートおばちゃんの激が飛ぶ。
「はい、わかりましたあ」腰を入れてつぶしにかかる。
やがてつぶれて繊維が見えなくなった竹のパルプを、たらいに移し、水に溶かしてまぜる。
この時、彼女たちはネリを材料に混ぜ込んでいる。
つる性の植物の茎を水につけて、とろみを出したものを使っている。
おもしろいのは、こし器がヘチマの繊維だったこと。
なるほど〜、こんなものも手作りでいけるのかあ、と感心してしまう。
ネリを入れた竹の紙料をまたよく混ぜる。
さあ、いよいよ紙漉だ。
といっても日本の紙漉のように水の中で漉きあげるのとは違い、ラオス式は、ひしゃくで布の上に紙料を巻いていく方式だ。
「これ、簡単じゃん」と思ってみていたのだが、やってみたらなかなかむずかしかった。
紙料がまんべんなく一律に広がらないのだ。
ラオス式の漉き枠は1m×2mくらいの大きさだ。そこにひょうたんのひしゃくで紙料をまくのだが、一度にまける量はわずかである。どうしても巻いた紙料が少しずつ重なり、鱗模様のように厚みが異なってしまうのだ。
あれ、ここが薄い、と思って材料を追加すると、そこにまた厚みの差ができる。ここが薄い、ここが厚い、と繰り返しやっていると、いつになっても終わりが見えてこないのだった。
夫が「へたくそだなあ、オレがやってやるよ」と言うのでバトンタッチしたが、やはり、単純な割にむずかしい。そのうち、お互いに腰が痛くなってきた。
ヨワートおばちゃんがうれしそうに笑っている。ちょいちょいとムラのあるところを補足してくれて、なんとかサマになってきた。
さて、これが漉き上がった状態。
ここから乾かすわけだが、今漉いた分は今日中には乾きそうにないので、今日の分は外に干しっぱなしとすることにして、先に干してあった分をはがさせてもらう。
はがしの道具は、ヨワートおばちゃんのかんざし。
これも単純そうでけっこうむずかしかった。
私がふだん漉く紙は、繊維が残っていて厚めなので、端に竹のペーパーナイフをちょっと差し入れるとすっとはがせるのだが、ラオスの紙は薄くて大きいから、破かずにはがすのは、神経を使う。「わっ」とか「あっ」とか言いながらはがしていたら、またもヨワートおばちゃん、うれしそうに笑いながら、「へたくそねえ」と言いつつ手伝ってくれるのだった。
作業が終わったあと、ヨワートおばちゃんの家で一休みさせてもらった。
家にいく途中で、おばちゃんに聞いた。
「今はどうしてたくさんの竹紙を作っているの?」
おばちゃんはあっさり教えてくれた。
「主人がなくなったので、お葬式の紙を漉いているのよ」
え、そうだったの? 最近のこと?
「ううん、ほんとは去年お葬式をしたかったんだけど、式をするのは準備もいるしお金もいるから、間に合わなくて、今年か来年やろうと思って紙を漉いているの」
ああ、そうだったのか....。この人たちは、はっきりした目的があって紙を漉いているんだなあ。紙漉をするのは楽しい理由ばかりではなかったのだなあ。
私が村で紙漉をしたいって言ったとき、それならヨワートさんがいいよって周りの人が言ってくれたから、てっきりヨワートさんは紙漉が好きでうまい人なんだと思っていた(実際たぶんそうなのだと思う。「紙漉は手間ひまがかかるし、みんながみんな紙を漉けるわけではない仕事なのよ、わかる?」とヨワートさん誇らしげに言っていたから)。でも、そういう事情があったとは。少し沈んだ気持になる。
でも、そのあとすぐにわかったのだが、ヨワートさんには新しいご主人がいた。なぜわかったかといえば、私はヨワートさんにラオス式の本作りも教えてほしいと頼んでいたのだけれど、こちらは「新しいご主人が明日までにやってくれる」と言われからだ。
あれ、もう新しいご主人がいるの? お葬式の竹紙を漉いてたのでは?
ちょっと意外ではあったけれど、人生にはいろんなことがあるもんね。
ヨワートさんは私と同い年でした。陽気で、しっかり者の女性でした。
前向きに、自分の人生を精一杯生きている女性だと思いました。
私はこのレンテンの民族衣装をヨワートさんに上手に勧められて買うことになりました。村でいろいろなことを一緒にしていたので、欲しいなと心から思ったですけど。
もちろんヨワートさんの手作りですよ。どうです?似合います?
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